フラっと、駅前に買い物に出ていた。

なんだかいい事がありそうな気がしたから。

朝から透き通ったガラスみたいに綺麗な空。

そこに、なんともいえない素敵な位置に一つ、ふたつと配置されている白い綿飴。

町に出てもそんな幻想的な背景が続いていて、私はひとり幸せな気分に浸っていた。

すれ違う人たちも、心なしか幸せそうに見える。

今日はなんていい日なんだろう。

でもそんななか、女の子が沈んだ表情で、

駅前の大きな柱に寄り掛かって立っている。

よく見ると愛菜ちゃんだった。

「愛菜ちゃん!!」

彼女は俯き気味のまま、ゆっくりとこっちを向く。

「夏美....。」

よく聞き取れないか細い声でそう呟くが早いか、静かに、

とても静かに、愛菜ちゃんはキラキラと光る涙を何粒も落として泣き出した。

「え?!どうしたの?!」

びっくりして駆け寄ると、さっきよりも少し首に角度をつけて、
また俯いてしまった。

こんな愛菜ちゃんをみるのは生まれて初めての事だった。

私はいつも愛菜ちゃんに助けてもらっていた。

みんなにいじめられて、放課後教室で泣いていた私を、愛菜ちゃんは慰めてくれた。

明るくて、元気な愛菜ちゃんは何処かへ行ってしまったようだった。

ここにいるのは、か弱くて、誰か強い人に守ってもらわないといけない、

ただの女の子だった。

「と、とりあえず、スタバにでも入ろう?」

そういって私は彼女を支えながら、近くのスターバックスに入った。

愛菜ちゃんは少し落ち着いたのか、鞄からハンカチを取り出して

目元に押し付けると、真っ赤になってしまった大きな目を

くるくるさせて、私の方を見てはにかんだような笑顔を見せた。

「ごめんね、心配させちゃって。」

「ううん!!全然いいよ!でも、どうして泣いちゃったの?」

困った事に、泣いた後の愛菜ちゃんはいつもよりも可愛く見えて、

私はなんだか落ち着かなくなってしまった。

素直な質問を聞いて、愛菜ちゃんはちょっとさっきのような悲しそうな目をしたけど、

ぽつり、ぽつりと、ワケを話してくれた。

「信じられない!彼女をおいてどっか行くなんて!!」

そんなひどい男がいたのか、と半分呆れて、半分本気で怒りがわいてきた。

でも愛菜ちゃんは、ふっと優しく微笑んだ。

「でも彼、照れ屋さんだから、彼女がいるとか、そういうのバレるのが嫌だったと思うの。」

愛菜ちゃんはどこまで優しいんだろう。

初デートで彼に置いて行かれたと言うのに、

こんなにも穏やかに彼を庇っている。

でもやっぱり、悲しかったり、寂しかったりしたのだろう。

愛菜ちゃんは、滅多に人前で泣く事はないから。

どんな男がこの子を泣かせたのだろうか。

「だからって許せないよ!」

やっと見せてくれた笑顔が、消えた。

「..うん。」

また、伏し目がちにこっちを見る。

ちょっと、傷つけてしまったかもしれない。

でもやっぱりその男を許す事は出来ないと思った。

愛菜ちゃんを泣かすような男は、愛菜ちゃんが許しても私は許さない。

「愛菜ちゃん、」

ちょっとだけ顔をあげて、愛菜ちゃんが首をかしげる。

「何?」

「あたしが愛菜ちゃんを守ってあげるから、」

「だから、」









なんてことをしてしまったのだろう。

今日、何度そう思ったのか分からない。

なんで俺は、愛菜を置いてカラオケなんかに行った?

せっかく、せっかく勇気を出して誘ったのに、

初デートだったのに、あろうことか目の前で彼女を裏切ってしまったのだ俺は。

最悪だ。

とにかく謝りたくて、メールをした。

『今日は本当にごめん。全部俺が悪い。許して。』

しかし、返事は返ってこなかった。

念の為に、もう一度送ってみたら、今度はメールが届く事さえなかった。

電話も、何度も何度もかけた。

やはり、愛菜は出てくれなかった。

これはヤバい。

非常にマズい。

何とかしなくてはいけない。











あれから一週間がたった。

貴哉からはいくつもメールが来たし、一日に5回くらい電話があった。

本当だったら全部のメールに返事を出したかった。

電話に出て、ちゃんと話をしたかった。 

だけど、あと少しというところで、勇気がでなかった。

もし、貴哉が私のことを嫌いになっていたら...。

もし、初デートのお誘いが、お別れを切り出す為のものだったとしたら...。

そう思うと、怖かった。

貴哉に嫌われてしまったら、私は生きて行く意味がなくなってしまう。

怖かった。

ただただ怖かった。

学校でも、貴哉は何度か話し掛けてきたけど、なにかしら理由を作ったり、

友達を引っ張って逃げ出したりして、彼を避けた。

これも別れ話かもしれないから。

今貴哉の話を聞いたら、私達はこれで終わりになってしまうかもしれないから。

そんな日が続いて、貴哉はとうとう話し掛けてもくれなくなった。

本格的に嫌われてしまった。

私はもう生きて行く事が不可能なのではないかと思うくらい哀しみが込み上げてくる。

もう楽しかった事が思い出せない。

悔しかった事とかさえ思い浮かばない。

思い浮かぶのは、





貴哉の声。











その日は全校集会があって、朝、みんなが体育館に集まって

先生の話を聞いていた。

もちろん、私の耳にはそんなの入って来ない。

その時。

「では、ほかの先生方、お話はありませ..こらっ...

ちょっと君!やめなさぃ..ぅわっっ!!」

「うるせー。」

いきなり先生が叫んだと思ったら、同時に聞こえてきた、




あの声。




貴哉の、声。



「ちょっ..離せよ!!....あーあー、テステス。」

貴哉はまるで当然と言うようなそぶりで壇上に上がった。

まわりのみんなも呆然としている。無理もない。

全校集会が、2年の男の子にジャックされてしまったのだから。

大声で貴哉は話し出す。

「2年4組ぃ〜、8番〜、森崎貴哉ぁ!バスケ部に所属していまぁす!」

始まったのは、テレビであるような、主張。

「今日はぁ、みなさんにぃ、言いたい事がありまぁす!」

「なぁ〜にぃ〜?」

みんなもその主張に気付いて、テレビと同じように相づちを打つ。

「実はぁ、僕にはぁ、付き合ってる人がいまぁす!!」

途端に、

「キャー!!!」

という歓声と共に、

「だぁ〜れぇ〜?」

とか、聞こえてくる。


それって、


もしかして、


でも、


もし違ったらどうしよう。







やっぱり生きていけなくなる。


「それはぁ!!」


ドクドクドクドクドク


「2ねぇん!!」


ドクドクドクドクドクドクドク


「4組のぉ!!!」


ドクドクドクドクドクドクドクドクドク


「藤岡愛菜さんでぇす!!」

「キャーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

女の子達の叫び声(悲鳴とも呼べる)が聞こえてきて、

やっとどんな状況にいるのかが理解できた。

まわりからすごい勢いで冷やかされたり、誉められたり、

羨ましがられたりで、立っているのも辛いほど。

そして、貴哉の主張は続く。

「僕はぁ、彼女に謝りたくてぇ、今日この時間を使わせてもらいましたぁ!!」

「許可は出してないぞ〜!」

マイクを奪われた先生の言葉に、みんなが笑い出す。

さっきまで驚きで目を丸くしていた先生達も、

やっと落ち着いたのか大声を張り上げて、この主張に参加している。

ちょっとこどもじみた、楽しそうな笑顔を見せているから、私は面喰らってしまう。

いや、先生、止めてやってください。


「愛菜ぁ!!!!!!!」


一瞬、騒がしかった体育館が静かになった。

いや、私にだけそう聞こえたのかもしれない。

だって今、

あれだけ照れ屋だった貴哉が、

私の事を。





「本当にごめんなぁ!!!デートしてるところを、恥ずかしくて
見られたくなかったんよぉ!!」



「本当はぁ、お前とデートできるって思うと緊張してぇ、

歩くのもやっとでぇ、でも、それだけお前が好きなんだあ!!」


「許してくださ〜〜〜い!!!」

もう、私の心は決まっていた。

もちろん、




「これからよろしくお願いしまぁす!!!!」

ワァァァァァ!!!!!!!!!

大きな歓声のなか、私と貴哉は笑いあった。





噂は、本当だった。

森崎君と、愛菜ちゃんは付き合っていた。

私は、あの2人のことを遠くから眺めていた。

そうでもしていないと、いてもたってもいられなくなりそうで。

そして、愛菜ちゃんを泣かせたのは森崎君だった。

許せないけれど、あんなに幸せそうな顔をする愛菜ちゃんを見るのは初めてだった。

私といる時に、あんな顔をする愛菜ちゃんは見た事がないし、

学校にいる時にも、あんなふうに笑った事はなかった。

愛菜ちゃんは壇上に連れて行かれて、恥ずかしがりながらも

森崎君と笑っている。

そう、

あの笑顔を引き出しているのは、森崎君なのだ。

悔しい。

私ではああいう顔は引き出せない。

やはり、女の子には、その子に特別な男の子が必要なのだなぁと
思った。

その時、マイクを通して愛菜ちゃんの声が聞こえてきた。



「なーつみぃー!」




「素敵な男の子見つけてね。」




気付くと目の前が、滲んで見えなくなっていた。










その日の帰り、愛菜一緒に帰ろうと思ったらクラスのほぼ全員から冷やかしを食らった。

まぁ、無理もないだろう。

それに、そのおかげで収穫も、いくつかあった。


たとえば、




「貴哉〜。」

愛菜が俺に気付いて駆け寄ってくる。

「おぉ、」

「帰ろっか、愛菜。」







−おまけ−

「貴哉、」

「何?」

「次の日曜日はさ、」

今度こそ映画行こうね。

FIN 
 


..................................................................
『読心術』の続編です。
ちょっと方言を抜いてみました。あんまり方言ばっかでもねぇ...
そういえばみなさん、この子達の名前、正しく読んでくれていますか?
愛菜→マナ、貴哉→タカヤです。
『貴哉』は小学校1、2、3年生の時同じクラスで仲がよかった友達の名前を借りています。
たっか、ありがとう!!!




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