運命もしくは定めのもとに




もともと俺にはこんな行事、縁がなかった。

昔から遊び友達は男だけ。それは幼稚園、小学校、そして中3になった今でも変わらない。

特別女が嫌いなわけじゃない。ただ、環境のせいだと俺は思っている。

兄弟も、3人いるが俺をはさんで上も下も男だし、近所にも女がいなかった。

何故かいつも俺の周りに集まるのは男だけだった。

母親以外の女と話すことさえなかった。

だからもともと同い年とか年が近い女とコミュニケーションをとるのが苦手だった。

そして、俺が女と距離を置いた一番の理由が、あの、女独特の性格。

特定の事になるとねちねちといつまでもうるさいのに、

大事なとこになるとサバサバしてしまって対応しにくいことこの上ない。

俺が距離を置くと、女もそれを感知して、俺を避けた。

それでも顔が良ければ、クールだとか言われてもてはやされるのだろうが、

残念ながら俺は顔も成績も中の上くらい。

唯一自慢できるのが運動神経だけ。しかし面倒なので部活には所属していない。

だからファンもいない。

そして今年も、男も女も落ち着かない、この行事がやってきた。

俺は今までの15年間生きていてわかったことがある。

「バレンタインデーは浮かれた男と浮かれた女の行事」。

浮かれるほど俺は馬鹿ではない。が、周りで甘い匂いが漂い始めると、

自分の人気の無さを見せつけられていい気分はしない。

俺には、なんとも言えない不甲斐無さや敗北感を奥の方に押し込んで、

授業を受けることしか許されなかった。

なんだかんだいって、神様は人間を差別するものだ。



「サキー。」俺を呼ぶ声。

それが初めて聞いた彼女の声だったと思う。

ちょっと低めの、声変わり途中のガキみたいだったが、妙に澄んでいた。

彼女は高野。背は170cmの俺とあまり変わらないくらいで、

なんでもできて、とびきりの美人ではないがブスでもない。

可愛い方だと思うが他の男は特に興味はないらしい。そんなこと言ったら、

俺だって別に興味はない。

初めて女にあだ名で呼ばれて、何ごとかと驚いたが、本当に驚かされたのは、

彼女が俺に差し出していたものだった。

中学に上がってから、一言も話したことがなく、同じクラスになっても接点がなかった彼女が、

俺に向かって淡いピンクの小さめの紙袋を突き出しているのだ。

独特の、あの、甘い匂いがする。

「何?」

できるだけ優しい声を出す。だって、どんな態度で接したらいいのかも良く分からない。

「やるよ。」

ただ一言そういった。よくわからない不思議な余韻を残して。

「手作りなの。」とか「義理だけど、」とか「おいしくなかったらごめんね」とか、

そんな台詞は一つもなく、女とは思えないほどさっぱりした渡し方。

でもそれはあとから考えていたこと。

その時は、俺もしばし浮かれた男の気分を味わっていて、そんなことを考える暇なんてなかった。 

告白されたわけでもなく、クラスの男に配ったものの中の一つでもなく、

ただただ渡されただけのチョコ。

家に帰って袋をあけると、綺麗にラッピングされた、長方形の小さなチョコがいくつかあった。

一見買ったものかと思ったが、それはどうやら高野の手作りらしかった。

見た目の期待を裏切らず、最高に美味しいチョコだった。




しかし、なぜ高野は俺にチョコをくれたのだろう。




好きだから?いや、ありえない。もしそうだとしたら、渡す時に告白するもんだろう?

さっきも書いたが、クラスの男に配ったわけでもなかった。彼女はそんなキャラではない。

友達はたくさんいていつもまわりに集まっていたが、

彼女はひとり、静かに本を(時々マンガを!)読んでいて、

時々「あぁ。」とか「そうだね。」とか、冷静な声で相づちを打っていた。

いろいろ頭に思い浮かんでは消えて行く中、有力な説が、


「チョコがもらえなくて寂しそうな姿が、哀れで見ていられなくなったから。」


相手が俺なのだから、結局そんなものだろう。

そんなことを考えること一ヶ月。俺にしては長く考え事をしたもんだ。






正直困った。これほどまでに悩んだことなんてないんじゃないかと思うくらい悩んだし、

今もなお悩み続けている。



チョコの事を考えるあまり、俺は高野が気になり始めてしまった。



こんなこと生まれて初めてだから、どうしたらいいかさっぱりだ。

朝、本を読んでる高野の姿から目が離せなくなる。

授業中、急に当てられても動揺せずにスラスラと形の良い口から流れ出る英語の発音に耳を疑う。

体育の時、さらっと綺麗にアタックを決める姿が頭に焼き付く。

昼休み、友達のくだらない冗談にふと見せた笑顔に胸を貫かれる。

2年近く、見ていてなにも感じなかったのに、チョコをもらっただけで数倍可愛く見えるのは、

本当に、あのねちっこい女の為せる技なのだろうか。不可解だ。




考えることに疲れたり、なにもかもめんどうになったり、気分を落ち着けたい時に、

俺はよく一番はじの階段の踊り場でサボった。

そこは先生達も、生徒もほとんど使わなくなった旧校舎の階段で、

ボロいけど大きな窓からたっぷりの光と風が入るので、俺だけの、お気に入りの場所だった。

もちろん高野について悩まされた時も、俺はそこへいった。

本とかドラマでは、屋上で煙草を吸うのだろうが、

屋上は不良の集まりがあって邪魔したくないし、

煙草が嫌いなのでその踊り場で俺は本を読むのだった。

「はぁ〜、なんなんだよ高野ー、」

高野に恨みはないが、今回ばかりは文句の一つも言いたくなる。

チョコをもらったせいで気になるよ。

「あんたがなんなんだよ。」

「ぅわっっっ。」

頭上には一ヶ月ほど俺の頭に不法滞在していた高野の顔があった。

「なんでここにいんの?」

俺は驚きを顔に出さないように下を向いて、顔の筋肉に死ぬほど力を入れた。

自分のイメージを保つのって結構大変だ。
 
「あたしも聞きたい、それ。」

高野はそんなことも知らず、用件だけを簡潔に話す。

あいかわらずの低めの声。

それでも色気を感じてしまう俺はだいぶ重症。

「べ、別に。」

なんだか緊張してしまってどもる。畜生、女はこれだから嫌なんだ。

「そ。授業サボっちゃって良いの?受験生でしょ。」

立ってるのも面倒になったのか、彼女はすごく自然に、俺のすぐ隣に座る。

そこまでして俺を動揺させたいのか。

そうだったら俺は完全に高野の罠にはまってしまっている。

「こっちの台詞。優等生がサボっていいのか。」

できるだけ平然を装うが、彼女の一挙一動はひどく美しくて、

洗礼されいて、華やかで、俺の質問に冷静に答えながら、

セーラーのネクタイにかかるほどの髪を弄ぶ姿さえ綺麗で、
俺はもう限界に達していた。

「めんどくさいもん。授業なんて。」

「へぇ。」

この優等生は、授業を聞かなくても適当にノートをとっておけば

90点は普通だという。天は時に残酷すぎる。

女と話すことがあんなに苦痛だったのに、(まぁ今も酷く動揺してはいるが、)

高野相手だとそんな気は全然起きなかった。これは予定外だった。


もっともっと話したい。高野のことを知りたい。



なにを思ったか俺は、いつのまにか高野にこう口走っていた。

「なぁ、」

「なんで俺にチョコくれたの。」

すると高野は目を少し伏せて、しれっと答えた。

「運命、かな。」

俺の一世一代のこの質問も、彼女にとっては他の質問と大して変わらない様子。俺の緊張をかえせ。

「なんだそれ。」

「うーん、なんだろうね。よくわかんない。内緒。」

どっちだよ。

彼女の意図はどうも読み取れない。それでもそんな彼女が気になって仕方がないからしょうがない。

「そうか。」

昼下がりのほんわかした日射しが、すこし強くなったような気がした。

さらにまた何を思ったか俺は、こうも口走っていた。

「なぁ、」

「今度は何。」

言葉の割に彼女は面倒臭そうな顔はしてない。

「俺がさ、」

お前の彼氏になるってアリかな?

高野の顔に、初めて赤みがさしたのを俺は見逃さなかった。



FIN 



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高野ちゃんは理想ですね。カコイイ女性は神だ。笑
バレンタインの話です。今日はホワイトデーだから(間違い



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